避難所で人の尊厳を守る「移動式トイレ」という選択肢

コラム

災害時に最初に直面する「トイレ問題」

避難所で真っ先に困るのは食料よりトイレ

大きな地震や豪雨災害が発生すると、まず人々は避難所へと集まります。そのときに多くの方が「食料や毛布が足りるだろうか」と不安を抱きますが、実際には真っ先に困るのはトイレです。数百人、数千人が集まる避難所で、トイレが不足したり使用できなかったりすると、生活はすぐに行き詰まってしまいます。

 

過去の大規模災害で起きた深刻なトイレ不足

阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震、そして最近の能登半島地震でも「避難所のトイレが使えない」「簡易トイレが不足した」という声が数多く報告されました。特に水道や下水道が止まってしまうと、既存のトイレは機能せず、結果として長蛇の列や衛生状態の悪化が発生しました。

トイレ不足が引き起こす二次被害

不衛生な環境から感染症リスクが高まる

トイレが足りない、清掃が追いつかないといった状況では、避難所の環境が一気に不衛生になります。その結果、ノロウイルスなどの感染症が発生し、避難所全体に広がるリスクが高まります。

また、仮設型やタンク式のトイレでも、長期間の利用では定期的な清掃や処理を行わなければ同様に衛生リスクが高まります。つまり「どのタイプのトイレであっても、運用体制と管理方法が大切」ということです。

一方で、ラップ式のように使用のたびに排泄物を密封して外気に触れさせないタイプは、衛生リスクを最小限に抑えやすいのが大きな特徴です。においや感染症の原因菌が広がりにくく、災害時の長期利用でも比較的安心して使えるという点で注目されています。

 

高齢者や女性・子どもの安全と尊厳の問題

トイレに行きづらい環境は、特に高齢者や女性、子どもに大きな負担を与えます。夜間に暗い場所まで歩かなければならない、周囲の視線が気になって利用できない、といった声も少なくありません。

 

我慢による体調悪化や災害関連死のリスク

トイレを我慢することで脱水症状や尿路感染症を引き起こし、体調を崩す事例も報告されています。実際に「災害関連死」の一因として、トイレ環境の不備が指摘されているのです。

従来の備蓄トイレの限界

簡易トイレでは衛生・プライバシーが確保できない

多くの自治体が備蓄しているのは、便座に袋をかぶせて使用する簡易トイレです。初動対応としては役立ちますが、数日〜数週間の避難生活を支えるには限界があります。臭いや衛生管理の問題に加え、「使うための場所」や「プライバシーの確保」が十分ではない ことが大きな課題です。

最近の報道でも、簡易トイレ自体の備蓄は進んでいるものの、それを設置して使うスペースや、プライバシーが確保できる場所の整備はまだまだ遅れていると指摘されています。カーテンで仕切っただけの空間では、特に女性や子どもにとって心理的な負担が大きく、使用をためらう原因になっています。

 

マンホールトイレは有効だが「別系統の備え」も必要

一部の自治体では、下水道管と接続して使用できる「マンホールトイレ」を整備しています。大量利用にも対応でき、衛生的に使える点は大きなメリットです。

ただし、これは下水道や処理場が正常に稼働していることが前提であり、大きな地震や浸水被害で管路や処理場が損傷すると利用できなくなるリスクがあります。また、設置場所が固定されているため、避難者が集中した場所に柔軟に対応するのは難しい場合があります。

そのため、マンホールトイレは災害時に有効な備えのひとつである一方で、移動式やラップ式といった「別系統のトイレ」を組み合わせることが、より安心につながります。

トイレトレーラーという新しい選択肢

プライバシーを守る「鍵付き個室」

トイレトレーラーは、建物と同等の個室空間を提供できるのが大きな特徴です。しっかりと鍵がかかり、明かりや換気も備えた環境は、避難所で安心して使える「プライバシーが守られたトイレ」として高く評価されています。

 

水や電気がなくても稼働できるタイプがある

水を使わないラップ式トイレを搭載したモデルであれば、上下水道や電気が止まった状況でもすぐに稼働できます。災害初期から衛生的かつ安心できる環境を提供できるのです。

 

授乳室・更衣室を備えた多機能モデルの活用

近年はトイレ機能だけでなく、授乳室や更衣室を組み合わせた多機能トレーラーも登場しています。避難所で課題となるプライバシーの確保や、女性・子育て世帯への配慮に直結するため、導入する自治体が増えています。

 

平常時にも地域イベントや仮設施設で利用可能

トイレトレーラーは災害時だけでなく、地域のイベントやお祭り、工事現場などで日常的に活用できる点も大きな魅力です。普段から使いながら維持管理し、いざというときにすぐ動かせる「活用型備蓄」としての価値があります。

自治体に求められる備え

「最初のインフラ」としてトイレを位置づける

電気や水道と同じように、トイレは人が生きるうえで欠かせないインフラです。災害時には「まずトイレをどう確保するか」が避難所運営の出発点となります。

 

導入に活用できる国の補助制度

緊急減災・防災事業債や交付税措置を活用すれば、実質的な自治体負担は大幅に軽減できます。導入のハードルは以前より下がっており、自治体としても検討すべきタイミング

 

プライバシーを守ることが住民の安心につながる

単に「トイレの数を揃える」だけでは十分ではありません。鍵付き個室で安心して利用できる環境こそが、住民の心身を守り、災害関連死を防ぐ第一歩になります。

まとめ

災害時の避難所で真っ先に課題になるのがトイレです。トイレ不足は衛生問題だけでなく、プライバシーが守られないことによる心理的・身体的負担 を生み出し、結果として人の尊厳や命に直結する大きなリスクとなります。

従来の簡易トイレやマンホールトイレだけでは限界があり、プライバシーが確保された個室空間を持つトイレトレーラーは有効な選択肢 です。

自治体に求められるのは、トイレを「最初に整えるべきインフラ」として位置づけ、補助制度を活用しながらプライバシーにも配慮した備えを行うこと。災害に強いまちづくりの第一歩は、安心して使えるトイレ環境を整えることから始まります。

 

執筆者:西川